ゾンビは死んでいるのか~生・死とは何か~

この記事は約20分で読めます。

長いので気になる項目へジャンプしながら読むことをオススメします!

はじめに

本記事では、フィクションを想定してお話します。

あらかじめ断っておきたいこととして、現実離れした表現を用いる理由はプレイヤーの興味や興奮を誘うためであったり、”悪とは何か”を描くためにモンスターという存在がいたりします。

その本質は遊びであり、またそれを用いた寓話の場合もあるでしょう。それに対し、「これは非現実的で良くない」と言うつもりはありません。

なので、そう言った点に気をつけながら、
なんだかよくわからないものに思いを馳せることを楽しもう!という記事です。

ゾンビは死んでいるのか

ホラージャンルにおける人気コンテンツの一つとしてゾンビは映画や小説で多数扱われており、おそらくサブカルチャーに疎い人でも「ゾンビ」と言えば通じるのではないでしょうか。

ゾンビは生ける屍と表現され、生きているとは何か死んでいるとは何かを考える上で、うってつけの役者です。

ここで、小見出しの通り「ゾンビは死んでいるのか」について考えたいところですが、問題があります。ゾンビの定義は作品により様々で、みんな頭の中で想像しているものが違うだろうと言うことです。皆さんが十人十色のゾンビを頭の中で徘徊させた状態では、話にならないので、
本記事でのゾンビの定義を大きく2種類に分けます。

1.人間の死体が魔術により復活したものであり、その個体は意識がある
例.ドラクエのくさったしたい

2.人間が病原体に感染し、脳を含めた臓器が侵され化け物となったもの
例.バイオハザードのゾンビ

※どちらも公式設定に従うとは限りません

余談として、僕自身初めてゾンビについてネットで調べてみましたが、元ネタが西アフリカのブードゥー教だったことや、現代のゾンビ像を作り上げたのは映画監督ジョージ・A・ロメロ氏だったことを知りました。

1.人間の死体が魔術により復活したものであり、その個体は意識がある

『こんなもん死体って書いてあるんだから死んでんじゃん。』
と思った方。そうです。

確かに元の人間は死んでいますが、ゾンビ(ここでは一個体を指して仮にスミスと呼びます)はどうでしょうか。

スミスは意識があるのです。
会話ができ、自分で考えて勇者に襲いかかり、たまに良心を持っていて仲間になります。

けったいな話ですが、ここでのポイントは

・体は死んでいるが魂(心や意識)はあるのか、という点です。

体の細胞は一切の代謝機能を失い完全に死んでいます。しかし、体が死んでいようが、意識がある状態をどう捉えれば良いのでしょうか。

僕は物理的にあり得るかどうかで考える物理主義者ですが、とは言いつつも直感的にスミスは生きている感じがします

それは、人格がある=魂(心)があるという考えに基づいています。ある人間が生きていると言えるのはなぜか考える立場には、その人の人格が現在も未来も継続してあるからと考える「人格説」があります。やっぱり人間らしさの根源って何かと考えたときに、その人固有の心の特性である人格が重要な気がします。

<参考:シェリー・ケーガン.「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義>

既存の概念に照らして人格をもたらしてくれるものが何かと考えると、という存在がしっくりきます。

このような物理的にあり得ない例は、考察に値しないと思う方は多いでしょうし、僕も魂の存在は信じないので賛成しかねるところです。ただ馬鹿にできない理由として、キリスト教においては死んだら魂が天国や地獄へ送られるという概念があり、肉体と魂は別もので肉体が死んでも魂はありつづけるという思想は意外と身近にあること分かります。
じゃあ日本神道や仏教はと言えば…、調べたけれど、安易な答えを出すのは、はばかられます。魂は無いと思っていたら、意外とありそう。
ただ、葬式という場面を考えると、神道も仏教も魂のような存在を想定していると言えます。日本人にも魂という概念が分かるのは、墓参りや葬儀といった文化の影響が強い気がします。

とは言っても、肉体が死んで魂だけになっている状態を”生きている”と言えるのかは疑問であり、キリスト教徒でもこの状態は”死んでいる”と言うような気がします。

そもそも、”生きる”という言葉自体がそもそも生物学(物理)的な意味を表しているように思えるので

1 人間・動物などが、生命があり活動できる状態にある。生命を保つ。生存する。「百歳まで―・きる」「水だけで―・きる」⇔死ぬ。

<引用:デジタル大辞泉>

魂だけで生きているという表現は体に悪いのでやめておきましょう。(僕の頭が昇天しそう)

スミスは体が死んでいるが魂があるとします。

よって、スミスは物理的には死んでいる。
しかし、生きている人間とまったく同じく人格があり、生きていそうである。
そこで、スミスには魂があるとする。
しかし、魂の器である身体が死んだ状態で存在しているとき、社会通念的には死んでいると思われる。
だから、スミスは死んでいるが魂はある存在とするのが妥当と考えられる。

別に魂じゃなくても良いと思うけど、既存の概念で最も分かりやすいものが魂でした。仮にパピコと言う名前の概念があって、魂よりも相応しいのであれば、ゾンビはパピコで生きていると言っても構いません。

 

さらに魂の性質に突っ込むと、

[第一に]物体(死体)と接続している。
魂と体は物理的に結合しているわけではないので、体の中に無くても良いし、遠隔操作のように死体を動かしていると考えても良い。

[第二に]それ自体が意思を持ち、思考能力がある

[第三に]不思議な力*で体を動かしたり、不思議な力で外からの刺激(光、音、匂いなど)を知覚したりすることができる。
*なぜなら体は死んでいるので、一切の機能を持たない。魂と体がどうやってエネルギー(熱や力)をやりとりしているのか謎である。さらに言うと体の視覚や聴覚は死んでいるので、魂自体にそれらを感知する機能がある。会話をするにも肺が腐っていて喋られないから魂から声が出ているとしか思えない。ついでに言うと腐敗した体なんて動かしたら損壊するだろうに、なかなか丈夫だから、魂には物質を不思議な力で強化したり再生したりする能力もあるかもしれない。

[第四に]魂は以上のように体を一切無視できるにも関わらず、体となんらかの関係で結びついており自由に離れられない。
自身は死体を動かすという神業をやってのけているにもかかわらず、その力を行使して敵の自由を奪うことや別の体に移動することはできない。

という性質のある何かだと考えられます。

 

さて、ここまできて、スミスの例に対して、

「ちょっと自分の思うゾンビと違う」という感覚に襲われた方もいるのではないでしょうか。

なぜなら、ゾンビはもっと意識の乏しい存在を想像することは容易いからです。思考力のかけらもないような、反射的に人を襲うことしかできないゾンビの方がメジャーかも知れません。

 

そのようなゾンビを考えた場合に魂説の拠り所とした人格がない(または感じられない)ため、一般的に想像する魂とかけ離れてしまいます。
または、魂は神聖なものだからゾンビに魂があるなんて由々しき問題だと考える人もいるでしょう。

魂のないゾンビ

これは、僕が入浴中に1時間ぐらいゾンビ魂説に思い耽り、笑みを浮かべている、そんな世にも気持ち悪いタイミングで舞い降りてきたのです。

ゾンビは魂があるのではなく、魔力で動く死体と考えてみましょう。

魔法使いが死体に魔法をかけると、死体に魔法の力が宿り、魔法の力を動力として動く機械のような存在になるとします。

これなら良さそうですが、少し難があるように感じます。

意識が乏しいといえども、敵を感知し、歩く、這う、殴る、噛み付く、引っ掻くなどの行動ができるとします。

ここで思い出して欲しいのは、先の魂説で示したように、体は死んでおり一切の機能を持たないため、
魔法の力のみで、感知(見る、聞く、嗅ぐ)し、動く(歩く、噛む)わけですが、このとき、魔法と魂の何が違うのかが分かりません。強いて言えば意識がしっかりあるか、あまりないかの差しかありません。

結局、なんらかの不思議な力により謎の原理で動いているのです。

違うのは力の源が魂なのか魔法なのか、それを与えるのが神なのか魔法使いなのか

つまり、大きなパピコのくくりに収まってしまいます。

要は、作者がどう呼びたいか次第というわけですね。

ただし、この比較から分かるのは、やはり魂は人格、心というものがあるという印象が強いということでしょうか。(皆さんと意見が違ったらごめんなさい

魔法使いの操り人形として動く考え方もありますが、それは生死の問題に関わらないため除外します。

まとめ

Q1:ゾンビってなんだろう。
A1:ゾンビは死者が動いて、しかも人を襲うから怖い。
ましてや、死人の顔は生理的にぎょっとする、そこに知人の面影があればなお怖い。
という理由で、恐怖でノルアドレナリンが大量に出てドキドキ、ワクワクするエッセンスである。

Q2:どういう仕組みで動いているの?
A2:魂が動かしているんだ!

Q3:ゾンビの本体はなんなの?
A3:魂だ!

Q4:ゾンビって話してみると意外と面白いよね。
A4:魂があるからさ!

Q5:魂なんかないさ。
A5:ないさ!

Q6:魂って何?
A6:ロマンだ!

実際、体は生きていないけど魂があるから生物に準じた存在として成立しているという手法はファンタジーではよくあります。

ワンピースのブルックや、MOTHERのゾンビなんかは自分が死んでいるのを忘れていたりして好き。

魂の存在を認めない場合

  • 魂が体から離脱する、または物や他人に乗り移るという演出
  • 体は無事だけど、魂(精神や心)だけが死ぬという状態

を否定することになるので、オタクである僕としては非常に困った話です。

別の体に魂を封じ込められているキャラクターが、やっと元の体に戻る展開とか泣けるじゃないですか。

魂は作者の遊び心とロマンの賜物ですね。

いつか子供が立派なオタクになって「父さん、ゾンビって生きてるの?」と、聞かれたときは「死んでるよ」と答えることにします。

2.人間が病原体に感染し、脳を含めた臓器が侵され化け物となったもの

次に病原体に感染してできたゾンビについて考えます。(略:感染系ゾンビ)

ウィルスに感染したとかいうやつですね。

これは、生物的に見て生きているでしょうか。

医学的な人の死は「心臓の停止」、「呼吸の停止」、「瞳孔反射の欠如」がそろった場合に死んだと判断されます(死の三兆候)

ちょっと補足すると、上の状態でも体の細胞は生きている期間があるので、何をもって死とするかは考える余地があります。

<参考:ニュートンプレス.Newton別冊『死とは何か』>

ここで、感染系ゾンビでも、二種類に分けてみます。

1.医学的に生きているゾンビ

死の三徴候はなく、脳の思考を司る領域が破綻した状態。

つまり外見上はゾンビなんだけど心臓が動いていて、呼吸しているような状態だったらどうでしょう。
この場合、感染した人は死んでおらず、言うなればゾンビ病にかかった人間です。このゾンビは、感染性の精神障害にかかった病人に近いかもしれません。

この類のゾンビは元ネタのひとつであるゾンビパウダーを使用したものと近いです。ただ、感染症ではありませんが。

2.医学的に死んでいるゾンビ

死の三徴候が認められる。

感染した人は死んでいる。こりゃ完全にゾンビです。ところが、問題があり、感染系ゾンビはスミス系ゾンビのように魂で動いているわけではありません。もし魂で動いちゃったらせっかくのSFの設定が台無しです。

ではなぜ動くのか。

僕の考えたひとつの発想ですが、
病原体が人間の細胞に寄生し、共生に近い形で生存することに成功した-「細胞共生説(例、ミトコンドリア)」-。突然変異により共生細胞はあり得ない早さで、新たな循環、代謝システム*を形成し、人間ではない生物になった。だから、心臓が止まっていても、呼吸をしなくても生きられる。
よって、このゾンビは人間のミュータント(突然変異体)として生きている

*循環(栄養その他もろもろを全身に送り届け、要らないものを流す)、代謝(それらを細胞が受け取ったり、作り変える)しないと生物は生きられないという前提を置きます。

と言っても、そんな突貫工事のような生命維持システムで生き続けるのはあり得ないような気がします。それに、病原体が体内に入った時点で人間の免疫システムが黙っていないでしょう。仮に違う生物に成り変わるほど感染が広まれば敗血症(過剰な生体反応により死に至る症状)に陥って、お陀仏です。共生細胞や突然変異細胞が生き延びようにも肝心の体は使い物にならないくらい壊死してしまっていると思われます。

バイオハザード系ゾンビ

バイオハザードシリーズが好きなので、触れさせていただきますと、バイオハザードのゾンビは生物として生きているという設定です。
ただし、心臓が動いているか、呼吸をしているかはよく分かりません。

脳のうち前頭葉が障害されている一方で、他の領域が生き残っているため行動が可能です(ただし、知性はないとのこと)。そして摂食、消化や代謝が可能であることから、人間としての循環代謝システムを維持していると考えられます。

しかし、そうなれば心臓や肺は動いていると考えるのが妥当で、前者の医学的に生きているゾンビではないでしょうか。

ただし、脅威的な新陳代謝能力を持っているらしいので、ある意味ウィルスで進化した人間とも言えるかもしれません。

呼吸できない環境で生きている個体については、ウィルスのロマン部分であって、分析するのは野暮な気がします。例えば、水中から起き上がって、プレイヤーをちびらせてくるゾンビなんかがいますが、水中では酸素を取り込めないので、平気な顔して(ゾンビだから)実は瀕死状態なんでしょう。

いや、平気な顔のゾンビというのもよく分かりませんが

中学生の頃は、バイオハザードの作中資料を読み、ウィルスやクリーチャーの設定に想像力をたくましくして好奇心と興奮に目を輝かせていたものです。お化けの一種だったゾンビを、科学的背景を設定し現実感をもたせたことは画期的であり、あるかもしれないと思える世界を見せてくれました。
だからこそ、ポール・W・S・アンダーソン監督が制作した映画「バイオハザード」シリーズはゲーマ―のみならず多くの人を魅了する大ヒット作となったのでしょう。

ちなみに、僕は原作主義なので設定の違いが許せずアポカリプスで観るのをやめました

しかーし!本記事で紹介したゾンビのうちどれが好きかと問われれば、迷いなくスミス系ゾンビと答えます。

バイオハザードシリーズでゾンビの知性を殺したのは、やはりゾンビに知性があっては困るからでしょう。

感染系ゾンビに心があったら、まんま人間ですしね(笑)

知性と言うと賢さのように聞こえますが、心であり人格であり魂と同義と考えます。
そんな、人間たらしめるものを非生物や非知性的なものに見いだし、未知なる出会いや友情の可能性を覗かせてくれるのがゲームの醍醐味のひとつです。

フィクションは非日常的な状況での心のあり方を眺めさせてくれ、人を豊かにしてくれます。

醜悪な外見を持つゾンビだからこそ親しみやすい内面を持っていたときには、その落差から凄まじい速度でプレイヤーの心をくすぐってきますよね。

僕自身なかなかゾンビ好きで、ドラクエ5、6、アークザラッドⅡでは必ずゾンビ系モンスターを仲間にしていました。

もし『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンド能力が発現するとしたら、ゾンビのスタンドが良いといつも妄想しております!

 

…でも、もしゾンビがいたら真っ先にコンテナに逃げ込んで死ぬまで閉じこもります。

ゾンビ問題

ここまで読んでくださった皆さんに、せっかくなので、ゾンビの気分になっていただきたいと思います。

問題1.いつ魂を失うか

感染ゾンビの考察では、魂を想定していませんでした。しかしあえて現実に魂があるとします。そしてあなたは、ゾンビ化する感染症にかかります。果たしていつ魂を失いますか。

【ストーリー】

①あなたは取調室のような部屋で、椅子に縛り付けられており身動きがとれません。
そして、ゾンビ化する病原体が入った薬を注射されます。

②すると、最初は明瞭だった意識がだんだん薄らいできて、やがて昏睡状態に陥ります。

③5時間が経ったあと、目を覚ましたあなたはモノの意味を理解することができなくなっています。突如、強烈な食欲が沸き起こり、目の前に立っている男に噛みつこうと、うめき声をあげながら椅子をきしませています。

④それを見た男はあなたの心臓めがけて銃を発砲します。あなたは、次第に弱っていき、とうとう息絶えました。

⑤あなたが動かなくなったのを見て男は部屋を去り、椅子に仕掛けてあった爆弾を爆破させると、あなたの体は粉々に砕け散りました。

 

さて、あなたは魂をいつ失いましたか?

この問題は僕の思いつきであり、心理学的な意味はありません。しかし、あなたにとっての魂とは何かは分かるかも知れません。

「魂とか意味分からん。」それも一つの答えだと思います。魂なんてないと思います。

①の方は、「ちょちょちょっと待って!魂逝くの早すぎぃ!!」
いや、魂に少しでも不純物が入ったら、私の魂じゃない!ということでしょう。

②の方は、意識を失った時点で、どの程度脳や魂が損傷しているかという問題があります。本記事では、②から5時間は、症状が進行中であり、意識や人格を生み出す機能は完全には失われていないとします。(ややこしい設定ですみません。)

「医学的な死と同じで④かな?」それもあるでしょう。ドラマでよくある、臨終のときに生体モニターが”ピー”と鳴ったら人は死んで、魂も抜けていくイメージですね

⑤は、なんとなく理解はできます。魂は体と分かつことなく、ともにあるのです。これは日本人の思想に近いのではないでしょうか。日本人はキリスト教のように魂と体を分けるという習慣がありません。ですから、アメリカ人よりも日本人の方が脳死判定を死とみなすことに抵抗があります。

<参考:ニュートンプレス.Newton別冊『死とは何か』>

ただ、僕は③で魂を失いました。

なぜなら③で目を覚ましたあとの自分を、僕は自分ではないと感じます。人格と言うべきものを失っているからです。これだけ聞くと共感してくれる方もいるかも知れませんが、考えることができなくなった人は魂がないのかと問われれば、答えに窮します。

しかし、感覚に突き動かされて、うめいているそれは自分ではない何かが入っているような気にさせられます。

僕にとって魂のイメージとは人格であり、単純な意識とは違う。ただそれだけかもしれません。

意識の乏しいゾンビを”魂がないゾンビ”と称したことも、我ながら頷ける結果となりました。

ちょっとおかしなことを言います。

そもそもゾンビに意識はあるのでしょうか。

魔力で動くゾンビの例では、乏しいが意識はあると表現しました。なぜなら、体が死んでいるので、魔力から何か意識のようなものが生み出されないと、”体は死んでいるうえに、意識がないけど知覚したり動いたりできる”という意味がわからない存在になってしまうからです。

 

意識の定義は次の通りとします。

1 心が知覚を有しているときの状態。「意識を取り戻す」

<引用:デジタル大辞泉>

 

それに対し、感染系ゾンビの場合は体は生きているので、最悪意識がなくても成立する気がします。

「え?意識が無くても動けるの?」と思うところですが、

夢遊病の場合、本人に意識がないのに動いています。夜中に歩き回ったり、飲み食いしたり、果ては運転したりするけど、呼びかけられても反応はなく、本人は覚えていないというやつです。

ノンレム睡眠中なので脳全体の活動が低下しているけど、脳の一部が覚醒しているため、意識がないにも関わらず体が動いているとのこと。

<参考:ニュートンプレス.Newton別冊『脳とニューロン』>

 

なので、③の状態は、感染症で脳がダメージを負ったせいで、意識がないかもしれません。

要は何が言いたいかというと、「意識が生み出せなくなれば魂を失う」と考える人にとっては、別に④で医学的に死ぬとこまでいかなくても良いのです。

僕のように魂を心のようなものと受け止めている方は、人格だけでなく、意識も再起不能に陥っているかどうかによって、③か④か答えが変わるということですね。

ただし、最も重要なことは、この問題は魂つまり”人として大事なモノ”あるいは”存在の根源”をどう捉えているかが分かるのであって、”いつ死ぬか”という問題ではありません。いつ死ぬかだったら、大抵の人は医学的に死んだら死ぬと答えるんじゃないでしょうか。

 

貴重な時間を割いてこの問題を考えてもらった方は、今後、いろんなフィクションで魂やそれに準じたものに出会ったときに作者が魂をどう考えているのかを楽しむことに繋がれば幸いです。

とは言っても、ゲームで生物(物理)的に死ぬことと、魂が死ぬことに違いがあるとシステム上いろいろ面倒臭いことになりそうなので、一緒であることが多いでしょうね。

例えば、敵に対して精神攻撃をして魂を殺したけど、敵は生物的にまだ生きているので、攻撃してくるとか、(逆もまた然り)、ふざけ…重厚な世界観に心が折れかねません。

もちろん、人の構成要素を「体+魂」以上にもっと細かく分けて、「体+感情+意識+智慧+パピコ+・・・」など様々なパターンがあるので、魂的な演出の正体を暴くことは容易ではないかもしれません。

問題2.スミスは死が怖いか

ファンタジックゾンビ代表のスミスさんに再登場してもらいます。

スミスは死ぬことが怖いと思いますか?

想定するのは、体は死んでいて、魂があって、人格があるゾンビです。

ただし本記事では魂系ゾンビを死んでいるとしたので、混乱する方がいるでしょう。

ここでは、次の設定をします。

  • 「死ぬ」と「魂を失う」を同じ意味とする。
  • 頭か胴体を破壊されたら魂を失う。(お気に召さない方は、魂には有限のエネルギーが詰まっていて魂エネルギーを使い果たしたら死ぬでもいいです。)

昔は、「もう死んでるし、怖いわけないだろ」と思っていましたが、今は「ゾンビも死ぬのが怖い」と思います。正確に言えば、死が怖いか怖くないかを人間と同じ様に考えられると思っています。

まず、もう体が死んでいることと、魂の生死とは関係ありません。そういう前提の存在ですから。言わば体はおまけみたいなものです。

「いやいや、ゾンビはケガしても痛くないから、体を破壊されても痛くないし、怖くない」と言う意見に対しては、賛成できません。

その場合、あなたが死ぬのが怖い理由は、死ぬときには痛みが伴うからということになりますが、

では、痛くないように強力な麻酔をかけて殺されるのなら構わないなんて人はいないでしょう。

それなら、人はなぜ死ぬことが怖いかと言えば、

  • 自分の存在がなくなるから。
  • 生きていたら得られるだろう良いことを得られなくなるから。『剥奪説』

と言った理由が主なものだと思います。

 

僕の独断と偏見によれば前者の理由が普通だと思いますが、 シェリー・ケーガン『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』によれば、その怖れは適切ではないとされています。

そして、死を怖がる主な理由は『剥奪説』であると主張しています。

 

しかし僕がひとこと言わせて頂きたいことは、

自分の存在がなくなるからという理由が適切ではないにしても、多くの人が漠然と存在がなくなることを怖がることは、おかしくないように感じます。

誰もがシェリー教授のように聡明なわけではないし、論理的思考の持ち主でもなければ、死について深く考えることすらないでしょう。

人は未知のものや理解できないものが怖いもので、突然街なかでパリピに取り囲まれウェイウェイされたら全く害が無くても怖いと思います(ちょっと違うか)。

 

そして、ゾンビも魂を失うと、人生が失われます。

スミスはゾンビ人生をそれなりに楽しんでいるかもしれないし、得難い幸せを手に入れているかもしれません。そして、私たちのように漠然と「死んだらどうなるんだろう?」、「自分の存在が消えるって嫌だな」と考えているとします。

であれば、スミスも死ぬことが怖いと考えていても何らおかしくないのではないでしょうか。

さいごに

こんなよくわからないものにあーだこーだ言う事に何の意味があるのかなと思うところですが、

ひとつには、よくわからないものの何がわからないのか、もしくは変なのかを知ることで、その存在の面白さの正体に気づくことができます。

魂系ゾンビであれば、ただの動く死体ではなく、魂やそれに準じたものが備わっていそうなことや、感染系ゾンビであれば、実は生物と捉えて良さそうなことが分かります。

とは言え、
想像上の存在ですから答えなんてありません。だからこそ、知識を総動員し、未知の世界を創造する楽しみがあります。これがフィクションそしてゲームの楽しさではないでしょうか。
また、フィクションを通して、固定観念にとらわれない新たな視点から物事を見ることで、現実の問題に関する答えや気付きを得ることもできるでしょう。

【余談】

実は、ゾンビ記事にする予定は毛頭ありませんでした。
死について考える上でゾンビという題材は面白いという理由から、導入の話題にするつもりだったのです。しかし、書き始めたところなかなか終点が見えず

「あー!どれだけ書いたら導入終わるんだよ」

と独りごちながら長時間座ってエアコンの風に吹かれていると、冬の時期には、乾燥肌が刺激されて かゆい。

思い切って内容をゾンビに絞って書いてたらだんだん執筆意欲がわいて、きやがた。

いったいおれ どうな て

やと きじ かいた も とてもかゆい
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かゆい かゆい 友達と格ゲーした
ひどいかおなんで 9戦連続でころし

(俺のほうが格ゲー)うまかっ です。

かゆい
うま

 

※上記の内容に関して友人の同意を得ております。


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