みなさん、「趣味がゲームじゃなかったら良かったのに」と思ったことはありませんか?
僕もゲームが趣味で生きてきて、そう思ったことは何度もあります。
ゲームが後ろめたいときもありますし、他人が羨ましいときもあります。
今回は、それは正しいのかを考えたいと思います。
結論から知りたい方は、「趣味を変えるべき?」からお読みください!
ゲームに背を向ける理由
なぜ趣味がゲームじゃなければと思うようになるのか?
こういう場合があると思います。
- ゲームに飽きる
- ゲームで遊ぶことを反対される
- 友人がゲームで遊ばなくなる
- 自分の評価を上げたい、モテたい
- 社会で成功したい
僕は、1.”ゲームに飽きる”のように本当にゲームが好きでなくなった場合を除けば、「ゲームが趣味じゃなければ」というのは、誤った考え方だと思います。
というのも、それは、本当はゲームが好きだけど、好きかどうか以外の理由でゲームが趣味であることに抵抗を感じているという意味だからです。
2~5.のような理由は、よく分かります。
2.”ゲームで遊ぶことを反対される”は言わずもがな。「ゲームをやりすぎないようにしましょう。」という言葉は、耳にタコができるほど聞いてきました。近頃はスマホゲームの登場やコロナ禍によりますますゲームのやりすぎに親や先生は神経を尖らせているのではないでしょうか?
まぁ、スマホゲームを作ったのも、子供を外で遊ばせないようにしているのも大人でしょと思いますけどね。
3.の”友人がゲームで遊ばなくなる”というのはあるでしょう。年齢が上がるにつれ、身体的、精神的、経済的、社会的にできることが増えます。友人だけでなく、同級生などの周囲の人も趣味が変わる、趣味のバリエーションが増えるということがあります。
僕も、小中学生までは友人と遊ぶと言えばゲームをしていましたが、高校になると友人もゲームをやらなくなってきて、友人との距離が遠ざかってしまったような思いをしました。
4.5.”自分の評価を上げたい、モテたい”、”社会で成功したい”について、問題になってくる第一タイミングが思春期、第二タイミングが就職ではないでしょうか。
思春期は、自意識が高まり、「カッコいい」、「ダサい」といったものごとに価値付けをするようになります。自分らしさを求めて趣味を探す、友人や周囲の人からの評価を気にする、異性からの目線を意識するなどの変化があります。そのため、カッコいい、チヤホヤされるような趣味が羨ましい、と同時に馬鹿にされたくないという思いも持っています。
自分の学生時代は、スポーツをする、楽器を弾く、女子とカラオケへ行く華やかな同年代を横目に、遠い世界にいる自分に劣等感を覚えていました。機会がなかったのではなく、自分にそれらの才能がないことを自覚していたのは、余計に趣味の世界での負けを突きつけられているようでした。
次に就職、またはそれまで親の管理のもとで進んでいた人生の舵を自分がきっていると自覚し始めるタイミング。
輝かしい将来像を描く、競争社会の中で揉まれる、そういったことが趣味を変えさせることがあります。社交にふさわしい趣味、仕事の役に立つ趣味、できる人と思われるような趣味が重宝されます。
ここで重要なのが、自分や他人の評価に趣味が使われる点です。
趣味の役割
趣味には下のような役割があると思います。
- 自分の楽しみ
- 道具としての趣味
- 属性(特定の嗜好を持つグループに属していること)を示す
- 特性(能力)を示す
A.の自分の楽しみが本来の趣味の意味だと僕は思います。
それに対し、B.の道具としての趣味の例を挙げると
・モテるために音楽バンドをやる
・賢いと思われたいから読書をする
これらは、趣味で得られる利益を目的としていて、その趣味自体の楽しみの方がおまけです。
目的を得るための道具としての趣味です。
もうひとつ、個性のラベルとしての趣味。これはC,D.の属性・特性を示すが該当します。
「僕は◯◯が好き」。その情報が分かると便利なことあります。
代表例を2つ書きました。
例1)学校などの自己紹介で言う趣味、SNSのプロフィール欄に書く趣味
仲間かどうかを一目で判断できて便利です。付き合うかどうかを簡単に決めることができます。
そういった意味では自分にとって好きか嫌いかパッと見分けるフィルターのような働きがあると言えます。
例2)履歴書に書く趣味
人間関係の構築を目的としない場合があります。
例えば、就活の履歴書、面接で聞かれる趣味です。
これは、古参の社員が新入社員と仲良くなりたいから聞いているわけではなく、企業に役立つ人物かどうかを知るための判断材料に使い、ストレス耐性を調べるといった目的で聞いています(たぶん)。
趣味を聞いて個性をやんわり知ろうというのは、日本独特のある意味奥ゆかしい文化なのかもしれませんが。
ゲーマーというラベル
これらの趣味によるラベル付けがゲーマーにとっては残酷なときがあります。
ゲーマーと言えば、次のような偏見があるのではないでしょうか。
内向的、怠惰、運動神経が悪い、ダサい、不健康、幼稚
もう、やめて!くやしい!こんにゃろう!
さらに、社会的に非難されることが多い趣味ですから、ゲーム自体にネガティブなイメージがある場合も多いでしょう。
子供の頃から社会人になっても、これらを肌身に感じてきたからこそ、ゲームに背を向けたくなる気持ちがよく分かります。
人の性格なんて直に話してみないと分からないというのはその通りですが、手当たり次第に人と交流するのは面倒くさくありませんか?
その前に、趣味で人を簡単に分別できるというのはとても便利です。
そして、残酷です。
反対に、僕などはゲーム好きなので、趣味にゲームと書いてあると仲良くなれそうと思いますが、一方スポーツと書いてあるとソリが合わなそうと思ってしまいます。
自分だって、趣味がギャンブルという人には偏見を持ってしまうかも知れません。
もちろん、実際に交流してみると趣味なんて関係ないなと思うこともしょっちゅうあります。
こうした偏見が原因で、ゲームをやめたくなった方が多いと思います。
趣味を変えるべき?
さて、みなさんがゲームに背を向けた原因が見つかったでしょうか?
ゲーム批判のせいでしょうか?ゲーム仲間がいなくなったからでしょうか?ゲームの評価が低いからでしょうか?
僕はすべての原因が当てはまります。
まぁ自分で書いているから当たり前ですが。
残念ながら、ゲームに飽きたと思ったこともあります。しかし、それはゲームとの付き合い方が間違っていたからだったことに気づき、現在は「自分が何のためにゲームを遊ぶのか」を問いながら遊んでいます。そうしてからは、ゲームが最高に楽しいと思えるようになりました。
僕がゲームなんて趣味にするもんじゃないと心底思ったときは、仕事で上手く行っていなかった頃です。
その辛さをゲームそのもの、そしてゲームに多くの時間を費やしてきたことのせいにして責任転嫁しました。
当時の自分に言いたいことは、「仕事が上手く行かなくて辛いならゲームのせいにするんじゃなくて、仕事の問題を解決する方法を考えろ。」ということです。
もし、他人から認められたい、モテたい、社会で成功したいと思ったとき、ゲームじゃなくネット検索で出てくる上位の趣味を持っていたとして、はたしてそうなれるでしょうか。
仮にその趣味をプロフィールに書けるくらいスキルを持っていたとしても、そうはならないでしょう。
なぜなら、本質的に自分は何も変わっていないからです。
例えば、不真面目が真面目に、自分本位が気配り上手に、暗い性格が明るい性格になる、なんてことは普通あり得ないでしょう。
だから「ゲームが趣味じゃなければ」という言葉は、そもそも自分の人生が趣味のせいで上手く行っていないと想定している時点で間違っていると思います。
どうすれば良いのか
ゲームをやめる必要はありません。
趣味がゲームと言うと不利益をこうむるなら、言わなければいいのです。
趣味を聞かれても、「うーん、海外ドラマとか音楽とか好きだけど、趣味ないんだよねー、君の趣味は?」ぐらいに返しておけばいいでしょう。
黙って、ゲーム仲間とだけ共有していればいいです。
僕は就活の面接時には釣りと答えましたし、仕事の付き合いでも適当に誤魔化しています。
そんなところで承認欲求を出して損をするのは馬鹿馬鹿しいので、隠しています。
相手がこちらの人となりを知るために趣味を聞いているんであれば、別に正直に趣味を言わずとも普通に会話していれば伝わります。
そうは言っても、ゲームを受け入れてもらえなければ自分を受け入れてもらえていないような気になってしまいますよね。
ゲームが好きだからこそ、ゲームを受け入れてもらえないことが許せない。そう思う気持ちはよく分かります。
僕も特に若い頃はそういう気持ちが強かったのを覚えています。
でも、モノの価値は他人が決めることではなく、自分が決めることです。
人から何と言われようと自分でゲームは最高だと思っていれば良いですし、同時にそれを他人に求めるものでもありません。
僕はブログ活動を通し、ゲームの素晴らしさやゲームが人生の糧になっていることを実感しています。そして、自分がゲームが好きであることに自信を持っています。だから、他人に趣味のことを悪く言われても「あっそう」と思って気にしません。
攻撃されたことに対してはショックを受けるけどね
さいごに、勘違いしていただきたくないのが、僕は頑なにゲームに執着しろと言っているわけではありません。他の趣味を体験することや好きになることは有意義で健全なことだと思います。
ただ、外面を気にしてゲームという趣味を捨ててしまうのはもったいないですし、ましてやゲームを否定するのは自分で自分の認識を歪めています。
みなさんには、気楽にゲームが好きであって欲しいと思います。
それでは、良いゲームライフを。