「DARK SOULS Ⅲ」友人とふたりでマルチレビュー

DARK SOULS Ⅲ(以下、本作、ダークソウル3)は2016年にフロム・ソフトウェアより発売されたソフトである。

ブログ運営当初より本作を私(あめ;画像左)と友人(makoto;画像右)のふたりで攻略しプレイ動画を作成した。なお動画は友人(makoto)がホスト、私(あめ)が白霊としてプレイし、私が編集を行う都合上、白霊視点で送る謎作である。

2019年にようやくクリアした後、せっかくだからふたりでレビューを書こうと言うことになった。

ところが、ふたりで意見を交えたわけでなく、まったくのバラバラに書いたため、単純にふたり分のレビューになってしまった結果が10000字の長文である。

「あれ?これふたりで書いた意味なくね?」

という思いが駆け巡ったが、うまいこと内容が被らずに済んだので、それぞれの観点の違いを楽しんでいただけたら幸いである。

レビュー:あめ

まえがき

私が本シリーズとしては初めて触れた作品であった。ニコニコ生放送の『「DARK SOULS Ⅱ(ダークソウル2)」24時間ぶっ通し実況』を観たときに難しそうというのと、おどろおどろしい雰囲気、リアルなCG、海外RPG的な雰囲気が面白そう!と思った。

あとマッスル宮崎の筋肉は正義だった。

その余韻が数年残っており、本作の発売が予告されたときには、絶対買おうと思ったものだった。

 

どのくらいかと言えば本作をプレイするためにPS4を買ったほどである。内輪の話だが本作発売予告を受け、友人と面白そうということで盛り上がった。友人も買うと言っていたので、一緒にやるつもりで買ったものの、結局買ったのは自分だけだったという悲劇である。裏切ったな!

そういった理由から、出鼻挫かれまくりでやる気駄々下がりのスタートを切った本作プレイだった。

 

レビューの前に第一印象を少々述べたいと思う。

墓地から始まる冒険。まず暗い、怖い。おぼつかないプレイでは、道端の雑魚敵に簡単にやられてしまう。「これがダークソウルだ!」という洗礼を浴びたのがファーストインパクトである。

そして初心者を迎え撃つ審判者。

「死ぬ死ぬ強すぎぃぃぃぃ。」とにかく、反射神経の無さに自信がある私には避けるタイミングが行方不明だった。ついでに言うと心理的に後ろに避けたくなるが、下手に後ろに回避すると危険というのは本作をやっているとあとから段々分かってくる。

蹂躙をなんらかの好意と受け取ってしまう性質を持ち合わせていた私は、初っ端からこんなにもプレイヤーをもてなしてくれる手厚い歓迎に運動部の先生にマンツーマンの熱血指導を受けているのではないかと思うほど感激をしたものだった。画面の前では血の気の引いた顔をして、ただただ口を半開きにしていたと思う。そうして第一ステージに1週間滞在したあとはすっかりリピーターになってしまったのだった。

「操作方法を覚えながら進めればいいや。」なんて甘っちょろい未熟者を決して通さない本作の姿勢に、心を鬼にしてプレイヤーの健闘を祈る製作者の思いを感じる。そして初日の入門試験に見事落第し、1週間の強化プログラムを終えた私は、心技体ともにダークソウル入門を果たしたのである。

ソロプレイ

それではレビューに移りたい。

本作の素晴らしい点は、公式サイトのシリーズコンセプトのはじめに紹介されるように、またディレクターの宮崎氏が語っているように「達成感」である。

そこに至るプレイヤーの甘えの排除と、それに伴う生の質感が私は好きだ。

 

本作はゲームにあるあるの感覚がない。

まず、「なんとなくやってたらクリアできちゃった。俺なかなかうまいじゃん。」という、錯覚だ。それを前述の第一ステージのように難易度の高さが許さない。プレイヤーに優しい難易度設定は、クリアの楽しさを味わって欲しいからこそである。

しかし、人の喜びに成長感というものがあるが、それを感じられるときは、限界を尽くしたときである。したがって、達成感という意味では、試行錯誤しがなら対策を練るという思考力、操作の正確性や的確さといった技術を全力で発揮させてくれてこそ、さっきまでの自分を超えたという感覚を与えてくれる。簡単ではないにしろ余力を感じてしまった時点で、現状の自分の力でこなせたことに過ぎない。

世の中には一朝一夕の努力では成し遂げられないことが多くあって、ゲームではこんなにもミッションをクリアしているのに現実はなんて厳しいんだとよく思う。

できなかったことが、努力の積み重ねでできるようになるという経験は感慨深い。それは、ピアノで一曲弾けるようになったときかもしれないし、テストで高得点がとれるようになったときかもしれない。また、毎日コツコツ作っていったジグソーパズルが完成したときや球技でサーブレシーブの成功率の上昇を確信したときかもしれない。

これらのひたむきな努力からなし得る成功体験を再現した本作はテレビ画面の外に近い良質な達成感を味あわせてくれる。

次に、「リセットすればいいや」という安易な態度がとれない。これはアクションゲームで思うような評価が取れなかった場合、RPGの低確率ドロップアイテムの入手などで自然と身についてしまう悪癖であり、私自身数百回はリセットボタンを押してきた人間である。おそらく死ぬまであと200回はリセットするだろう。

本作で多くの方がリセットしたくなるのは、NPC攻略、アイテムの購入、消費、ステータス割り振りだと思う。あるいは死んだ瞬間かもしれない。しかし、ワンアクションワンセーブと言えるほどの自動セーブがつきまとい、過ちは取り消せない。ちなみにとっさに本体ボタンの電源を切ったことは何度かあったが、もちろん意味がなかった。

さらにセーブは1つのみであり、複数セーブで保険をかけることはできない。補足すると、致命的なミスに対する救済措置はある。

この一度したことは取り返しがつかないというのは、ゲーマーであればこそ痛感するのではなかろうか。「ゲームだったらやり直せるのに」というやつだ。

リセットは何回も遊べるから楽しいというよりむしろ楽しさを割り引くことの方が多い。さっきと同じことをする、または決定ボタンを連打するという戻し作業はついつい時計に目をやるほど退屈だ。

さらには未プレイのステージであっても、ダメだったらリセットすればOKとプレイを粗末にしてしまいがちだ。本作をプレイして憑き物が落ちたような清々しさを感じるのはそういう経験を山程してきたからかもしれない。この一回性がプレイに慎重さを生み出し、計画性や判断力を発揮させ人生の質感をもたらしてくれる。

 

最後に、戦闘の重みとも言える質感が好きだ。

本作の戦闘の何が特別か考えた時、始めは死にゲーと称されるほどすぐ死ぬあっけなさがリアルなのかなと感じた。確かに本作のコンセプトを見れば、”一瞬の気の緩みが死へと繋がる、スリリングな戦闘”とある。しかし、自分の好きなのは戦闘の難しさかと言えば、どうにも腑に落ちない。

システム的なことを挙げると、スタミナが行動の可否を握る。これは、モンスターハンターのスタミナのシステムと非常に近い。本作の攻略のキモはスタミナ管理ということはよく聞くところであるが、ついつい攻撃ボタンを連打してしまって回避や防御ができなくなるということがよくある。

無双シリーズに限らないがアクションゲームでキャラクターに「こんなに動きつづけていたらへばるだろ」とツッコんだことはないだろうか。であれば、スタミナシステムが体力の消耗という体感に近づく第一歩である。

次に、武器の重量感である。これには、武器や防具(以下武器)の使用に筋力、技量、体力などの能力が必要になる点がある。これは、キャラクターの育成という観点から育成の多様性を生み出せるという意味合いの方が適当かもしれないが、武器を扱うには、力や技術があってこそという自然な感覚を生み出している。念の為モーションや効果音が戦いの重さを演出に重要な役割を果たしていることはおさえておきたい。

さらに重要なことは、この世界にしてこの装備ありと言える、無骨さ、凶悪さ、謂われ、本作の中世西洋風ファンタジーかつ仄暗い世界観に適合したデザイン。架空の武器に質感をもたせるのはつくづく難しいのだと気づいた。

本作の素晴らしさを探っているときに、ある映画を思い浮かべた。ロード・オブ・ザ・リングをご存だろうか。私が最も好きなファンタジー小説であるが、まれに見る映画版のクオリティーが高い作品である。

何が良いのか、端的に言えば、戦いの質感である。派手さの控えた世界に馴染む、または由緒のある武器、そしてデタラメなアクションで売らない戦いの泥臭さ。言うなれば死がすんでのところを掠める感覚、込めた力が激突する感覚である。

この質感が本作の剣戟バトルと近いと感じる。

敵がちゃんと強く、死と隣り合わせの実戦の厳しさ、プレイヤーが操作キャラクターに感じる体力の消耗感、武器が違和感なく世界に存在しふさわしい者に扱われている感覚、渋いとも言える戦いの泥臭さが本作の戦闘の重みであり魅力を生み出す生の質感である。

 

以上のことから製作者がゲームの親しみやすさの裏側にある面白さの本質を見出した。そして、あえて甘えを封じた挑戦的なゲーム作りという英断の正しさが長年ゲームをやってきたからこそ圧倒的な衝撃として伝わったのだ。本作は確かに世界観や難易度の高さゆえ人を寄せ付けにくい。しかし、そこにあるものは私達の感覚にとても馴染む。

マルチプレイ

友人からまさかのすっぽかしを食らった私は飢えていた。誰か一緒にやってくれるやつはいないのか。

まったく期待していなかったのだが、ダークソウルはもちろんゲームをそれほど嗜んでいる方ではない友人に勧めてみたところ、なんとご購入いただいたのだ。メシア。

本作にはマルチプレイのシステムがあり、協力プレイであれば白霊、敵対プレイであれば闇霊となって、他人の世界に侵入することができる。

本作のようなソロプレイを前提とした作品でマルチプレイをしたのは、いつぶりだったろう。もしかすると初めてかもしれない。

マルチプレイ主体のゲームは数多くあり、例えばモンスターハンターは友人と協力して攻略する楽しみに関しては随一の作品だと思うが、冒険というよりレジャーの感覚に近い。

余談だが、PS4にはパーティー通話機能といううってつけの機能が搭載されており、パソコンでSkypeしながらマルチプレイをする時代は終わったなと思った。

 

そうして友人の攻略を白霊として手助けする協力プレイを始めた。

ソロプレイレビューにて、本作の素晴らしい点は達成感だと述べた。となると、協力プレイをすることで簡単になり、本作の魅力が落ちるのではないかと思うことだろう。

正直に言おう。確かに、ボス戦の難易度は大幅に下がる。しかし、ソロプレイを極力排したマルチプレイ縛りで攻略する場合、全体としての難易度は想像以上に高い。

その理由は協力プレイをすることで分かる。本作はマルチプレイのシステム設計におけるセンスも抜群だと感じた。

まずは、なんと言っても只では白霊を召喚できない。ホストがボスを倒す、あるいは”残り火”を使って火を宿していなければならない。

そのため、協力プレイでもっとも重視することは、いかに残り火を温存してボスまでたどり着けるかである。ホストがうっかり2、3回立て続けに死のうものなら、こちらも気が気ではない。火がなくなった時点で協力プレイとしてはゲームオーバー。次に会うのはまた来週である。

なくなった場合は、買えればまだ良いが、準レアアイテムであり在庫に限りがある。友人に何度ロスリック城壁をマラソンしてもらったことか。

次に、白霊はソロのようにはいかない。これは敵である闇霊にも適用されるが、本作の回復の要であるエスト瓶・灰瓶の回数が半減する。

特に、私と友人のレベル差が80ほどあったため、通常のマッチングはできず、マッチング制限を無視できる合言葉マッチングを行った。このような場合、白霊に能力補正がかかり、ほとんどの能力が低下する。

当初無双する姿を友人に見せつけようと息巻いていたが、すっかり、父さん昔はすごかったんだぞ状態と化してしまった。

 

なるほど、厳しい条件が課せられるのか。と納得されたかもしれない。

しかしこれらは些細な問題である。

 

本題は残り火状態になると、コンビニ商品のおまけのように、または飲食店で渡されるスタンプカードのように余計なおまけがついてくる。私は、この類いのサービスは遠慮がちなのだが、本作において遠慮したいのが闇霊出張サービスである。

これは、要らないんで結構です、とお断りすることができない。それどころか、悪徳セールスマンのように厚かましくに人の回線に上がり込んでは、しつこく、ときには狡猾に狼藉の限りを尽くすのだ。

この闇霊との戦いが熾烈を極めるマルチプレイの真の恐ろしさである。わざわざ敵対プレイを好んでやるほどの猛者を相手に、本作の強敵どもがひしめく中で戦わなければならない。

クリアの観点から見るとはっきり言って、邪魔でしかない。

こちらの戦法としては、ホストがやられない限り、白霊は何度でも召喚できることから、私が闇霊と戦い、友人は後ろで応援係を務める。しかしながら、大抵私が瞬殺されるので、

私「あっ(死んだ)」
友人「〇〇の場所に召喚サイン書いて!」逃亡
私「待ってろすぐ行く!」

というまったく生産性のない光景が友人の殺されるまで繰り返される。そして、こちらがやられる度にジェスチャーと左スティックをふんだんに使ってキチ○イ踊りを見せつけてくる手合がいるのだから、堪忍袋がいくらあっても足りない。

 

とうとうクリアするまで、恐怖を乗り越えることはできなかったが、振り返ってみるとよくよく上手くできたシステムだと思う。

そもそも、闇霊の目的は対人プレイ、攻略の妨害などの理由もあるだろうが、ホストを倒すことで手に入る誓約の報酬アイテム稼ぎがある。反対にホストを助ける誓約もある点でバランスが良い。様々な目的を持った侵入者がメインプレイヤーに主体的に干渉する点も魅力である。

プレイヤーが敵として参加するシステムの存在が、本作の魅力である戦闘の難易度をさらに高め、緊張感を真剣勝負の生の感覚まで引き上げる。周回プレイをする本作において飽きさせないポイントでもある。私はまだ1周しかしていないが。

残り火状態でないと自動マッチングがされない、マッチング範囲の限定、侵入者は回復アイテムが半減するなどの制限が課せられることで、あくまでメインプレイヤーの攻略の楽しみを妨げ過ぎないよう配慮されている点も強調したい。

さんざん文句を言ってきたが、侵入者がいなければ面白さが半減したのではないだろうか。どれくらい楽しんでいたかと言えば本作のプレイ動画のタイトルにしたほどである。

もし協力プレイが好きという方は、是非ともダークソウル3のマルチプレイをおすすめしたい。死と隣り合わせの恐怖を共に乗り越えるという極上の喜びが得られるだろう。そして、闇霊を返り討ちにして欲しい。

レビュー:makoto

 

―――不気味だった。

 

BGMはない。カラスだろうか、鳥の鳴き声が響き村人は誰もいない。

私の目覚めた場所は誰も寄り付かないそんな墓地の一角だった。

周囲は木々が生い茂り、死者たちの眠る棺を覆い隠す。ただひたすらに不気味。

―――その世界(ゲーム)は始まりから終わりまで、ただひたすらに不気味であった。

ゲームの名前はダークソウル3。

大人気高難易度アクションRPGゲームの第三弾である。

 

 

ゲームを始めて最初に思ったのは「どこに行けばいいのか」だった。

辺りを散策して、どうやら一本道であることを知った。

その過程で不気味なトカゲや、村人だと信じて近づいた敵キャラクターに何度かやられた。

説明はほぼない。

地面にある爪痕を思わせるメッセージ、チュートリアルを頼りに操作を覚えていく。

キャラクター造形もさることながらBGMや効果音の使い方が巧みなのか、ぞわぞわと泡肌が立つような不気味さをひしひしと感じた。

夜の暗い道を歩いているとき、ふと「いるはずがない」と思いながらも「何かいるのではないか」と背筋がひやりとする、そんな経験が皆さんにもあるだろう。

私はこのゲームにその「背筋がひやりとする」ような感覚を覚えた。

 

死角から襲い掛かる敵に驚き、次は先手を取ろうと注意深く周囲を探る。

ゆっくりと歩を進めると聞こえてくる何者かの吐息や足音。

聞こえた瞬間に周囲を探る。先手を取ろうと必死に。情報が少ないが故の不安。

 

序盤も序盤、まだ火継ぎの祭祀場という、いわゆる「最初の町」のような場所にたどり着く前のチュートリアル。

この段階で私はこのゲームに、このゲームの雰囲気に魅了された。

 

そしてたどり着くボス。名前は「灰の審判者 グンダ」。ここまでに出てきた敵とは一線を画すボスキャラクター。強敵である。

しかし、驚いたのはこの先にどんなボスがいる、などという説明もなく、何が起きたのかよくわからぬままに戦闘が始まったことである。

「螺旋の剣」なる奇妙な剣が突き刺さった明らかにやばそうな存在が鎮座した、闘技場のようなエリア。

近づいても動き出すことは無いが、近づくと剣を抜くかどうか聞いてくる。

明らかに抜いたらやばそうなのでとりあえず離れて周囲を探索。

しかし、一言も、例えば「剣を抜いたら危ない」といった説明はなし。

 

「なんで?」と思った。

 

だってそうじゃないか、普通は何か説明があるとおもうだろう!

「ボスではないか、いや、剣に貫かれて動けないNPCを助けるイベントか?」とさんざん悩まされた。

最終的に抜くしか選択肢がなかったために引き抜いたところ、特にムービーが入るわけでもなく、当たり前みたいに動き出す。なるほど、演出とかいれるのではなく滑らかに動き出すのか。リアリティのある演出…

 

―――え?

 

シームレスな素晴らしい演出の結果、めちゃくちゃあせる。

あわあわしながら逃げ回った。

何なら最初は話しかけようとして攻撃された気がする。

浮足立った思考では敵の攻撃をかわせるはずもなく、もはや立て直しは不可能。

 

―――撃沈。

 

そして最初のセーブポイントに戻されるのだ。呆然と。愕然と。

 

ここからマラソンが始まる。チュートリアルのボス、「グンダ」を倒すための死に戻りのループが。チュートリアルのボスだぞ!どうなってるんだ!だがそれがいい!

 

何度も走り、何度も死ぬ。そうして、ついに何度目かのマラソンにて突破する。

この時、ついに突破したという喜びよりも、「え?終わったの?」という困惑のほうが強かったことをよく覚えている。強敵として現れたチュートリアルのボスはついぞ一言もしゃべらずに、あっけなく消えていった。

 

始まりが唐突なら終わりも唐突なのだ、このゲームは。

 

 

 

そして「ゲームを始めてからチュートリアルを終わらせるまで」の一連の流れが、このゲームのいたるところで再現された。

そう、「どのエリアに行けばいいのか迷って」、「村人だと思って近づき攻撃され」、「素晴らしい雰囲気とキャラクターの造形美に感動し」、「突然ボスや強敵と遭遇し当たり前のように死に」、「何度も挑んでやっとのことで倒す」。そして「特に何か説明もなく次に進む」ことになるのだ。自分の倒した強敵がどんな相手であったかもわからずに。

 

 

このゲームの雰囲気は最高だ。ゲームのシステム(デザイン)と世界観の見事な一致、退廃的な雰囲気は私の心をがっちりとつかんでくれた。

しかしストーリーに関しては、私は一度クリアしたにも関わらず未だによくわかっていない。

 

 

このゲームが他のゲームと違うところ、それは会話可能なNPCがかなり限られる点であると思う。

普通のRPGであればさまざまなNPCから話を聞き、謎を解き、次の町へ進み、ストーリーを解き明かすのであるが、このゲームにはそれがない。「村人のいないRPG」といったところだろうか。

相手がだれでどんな敵なのか、村人なのか、敵なのか、会話できる理性があるのか、それともただのモンスターのごとき獣であるのか。そもそも自分は何をしているのか。火継ぎとは具体的に何か。次はどこを目指せばいいのか。

少なくとも私には何もわからなかった。わかったのは基本的に殴っておけばいいということだけである。世紀末かよ。

戦闘前のボスの会話すらほぼないのである。大魔王ゾーマを見習ってほしい。彼が支配する暗黒の世界「アレフガルド」でも会話できる村人がたくさんいるんだぞ。世界を跨いで宣戦布告に来てくれるんだぞ。

しかし願いは届かず、私は末法の世をひたすら探索することになるのだった。

確かにこの無常さが雰囲気づくりに一役買っているのは認める。が、一本筋の通った道しるべ、ストーリーを用意してほしかった。

ゲームデザインと世界観が見事にマッチしていることを鑑みるに、3作目であるゆえに前作の知識があることが前提で、あえて基礎的な情報は削ったのかもしれない。だが、シリーズ初見の私には何が何だかわからず終いである。

(ゲームデザインと世界観の見事な一致、例としては、敵キャラクターの強さが印象的であった。敵が強力であればあるほど、自分がちっぽけな「火のない灰」という存在であるのだと妙なリアリティを感じた。(このゲームでは主人公は「火のない灰」と称される。)「火のない灰」とは「名も無く、薪にもなれなんだ、呪われた不死」であるという。この設定が「自らは弱い存在である」ということ、「敵が強い」ことと非常によくなじんでいると感じた。また、数多の「火のない灰」、「別世界、並行世界」が現ることが「ほかのプレーヤー」の存在を設定に、世界観に落とし込んでおり違和感を感じさせないゲームデザインに感じた。)

 

ほとんどわからないストーリー。ただし、その代わりは用意されている。フレーバーテキストだ。

武器やアイテムに記載されているそれは、想像を膨らませる内容が所狭しと並べられており非常に興味がそそられた。ひとつひとつが凝った言い回しで装飾されており、アイテム自体のデザインも秀逸。

このゲームをプレイするとき、私はボスの撃破よりもアイテムの入手のほうに力を入れていた。もちろんアイテムのフレーバーテキストが目的である。そしてそれを読む行為は世界観を、ストーリーを知ることと同義であるのだ。

 

それはなぜか?

先ほどは敵キャラ、ボスについてほとんどわからなかったといったが、こういったフレーバーテキストは敵キャラの武器やボスのドロップアイテムにも存在している。これを読むことである程度の背景を想像することが可能なのだ。ボスの背景などからストーリーを補うことができるようになっている。

 

今の話を読んで「先ほど言っていたことと違うではないか」「ストーリー分かるんじゃん」と思われた方もいるだろう。そう、ストーリーはわかる。

ただし、非常に半端な状態で。

 

話は変わるが、皆さんは速度の計算式を覚えているだろうか?速度と時間をかけると移動距離になる、または移動距離を時間で割ると速度になる、といった小学校で習う計算式だ。

ここで皆さんに下記の問題を考えてほしい。

 

「時速120㎞で走る車はあと何分で目的地に着くでしょうか?」

 

…この問題には答えが出ない。速度や移動距離が非常に半端な状態でしか与えられていないために。

何が言いたいか?

つまり、ダークソウル3のストーリーは、常にこの「答えの出ない問題」状態で提示される、ということだ。

 

例えば、ダンジョンをクリアして次のエリアに行くとき。次はどこに行けばいいのか分からなくなるのだ。

ダークソウル3は基本的にダンジョンについては一本道だ。適度な袋小路などが用意されてはいる。しかしストレスとならないように分かりやすいダンジョンマップが心がけられているように思う。素晴らしい点だ。

しかし、エリア移動については別だ。次にどのエリアに行くべきか全くわからない。フレーバーテキストに「次は西の○○○に行くべし」など記載されているわけもなく。村人は襲ってきて会話にならない。

 

――――結局、順序を立てたストーリーが用意されていないから、よくわからない。

 

 

NPCから情報を集められるわけではなく、フレーバーテキストにもはっきりとした説明はなされない。

 

何をすべきなのか。

どこを目指すのか。

今、世界はどうなっているのか。

 

普通のRPGであれば用意されている「答え」。

このゲームにはそれがない。

 

雰囲気はいい。ゲームデザインと世界観の一致は見事の一言。最初から最後まで演出は最高だ。

敵キャラクターのビジュアルもおどろおどろしく、用意されているダンジョンは複雑すぎず、ストレスなく攻略できるだろう。

もしかしたら敵キャラクターが強すぎるかもしれない。しかし、その強さがやはりこのゲームの魅力でもある。アクションゲームとして非常に歯ごたえのある素晴らしいバランス感覚であると感じた。

 

 

だが、私にはわからなかった。最後まで自分が何をしていたのか。

ラスボスですら倒してエンディングを迎えるまで「ラスボス」として認識していなかったくらいだ。

 

このゲームをクリアして残ったのは、「悔しさ」である。

この素晴らしいゲームを、ストーリーを理解できなかった「悔しさ」。

本当に悔しいと感じた。これから考察動画などを見てみるつもりである。

 

悔しくなるくらいに素晴らしいゲームである。皆さんプレイをしてほしい。

また、プレイする方はぜひストーリーを解き明かしてほしい。

そして、考察動画、記事を上げてほしい。

第二第三の私、もしくは未来の私の為に。


【おまけ】

最初はお互いのレビューに対し賛成や反論をする形式にしたら面白いのではと画策していましたが、友人が素晴らしいレビューを書いてくれたため、変に茶々を入れずにそのまま載せた方が良いと判断しました。

実は本サイトの画像は友人が描いています。

今後もふたりでレビューを書く機会があればいいな。

もし、友人のレビューが良いと思ったら感想をいただけると嬉しいです。

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