MOTHER2批評【ゲーム批評祭参加】

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「ゲーム批評祭」とは、ゲームブロガーのなかでも随一の見識の高さを誇るJ1N1氏が主宰する独立ゲーム批評メディア「ゲーマー日日新聞」にて開催された企画である。

本企画は素人玄人問わず、ゲームの批評を応募することで参加できるとあり、駆け出しゲームブロガーとしてはこの魅力的な催しに思わず情熱が湧き上がり参加を決めた。

本記事は2019年のゴールデンウィークに行われたゲーム批評祭にて僕の応募した「MOTHER2」の批評を紹介する。※本記事ではJ1N1氏により美しく改行を施して頂いたものを使用する。

MOTHER2


<引用元:https://www.nintendo.co.jp/n08/a2uj/mother2/>

MOTHER2は芸術的に遊ばれることを意図して作られたゲームである。

 

今回、1994年に任天堂より発売されたMOTHER2について紹介する。MOTHER2と言えば、言わずと知れた名作RPGであり、地球侵略を目論む宇宙人から少年少女が世界を守るという物語だ。販売数としては当時それほど多くなかったが、未だに熱狂的なファンが多いことは知っている方も多いと思う。

一般的に本作の面白さは、メッセージ性、個性豊かなキャラクター、心に刺さるセリフにあると言われることが多い。

僕もその点は同意するところであるが、なぜそれほどまでに多くの人に愛されているのか、それにも増して、僕が人生でプレイしてきた中で最も好きなゲームソフトとして、なぜそれほどまでに面白いのかという理由がはっきりしない。

そこで、本作の特別感をメッセージ性、キャラクター、セリフ、効果音、戦闘システムの順に考察する。

 

MOTHER2の特別感をメッセージ性に感じる方は多いと思う。では、それはどこから来るのか、本作について述べる上で、糸井重里氏抜きでは語れない。

糸井氏はMOTHERシリーズのプロデューサーでありシナリオから、すべてのセリフの監修を手掛けている。本作は「離れて暮らすお父さんに愛されている」というメッセージを糸井氏自身の子供や同じような境遇の子供たちにも伝えたいという思いで作られた。

インタビューにて糸井氏はお父さんと離れて暮らしている子供たちに味わってほしいことがたくさんあって彼らが元気のでるように、それが一番大きなテーマだったと語っている。この子供たちに向けた親心が本作の軸となるメッセージであり、作中には父の愛、母の愛を感じさせる印象的な演出がなされている。

物語では主人公の父親は姿を見せず、電話の会話でのみ登場し、本作の代表とも言える特徴がパパに電話をしてセーブを行うシステムである。そして、「がんばれよ」、「無茶するなよ」と電話越しに主人公を励ましてくれる。それだけではなく、ゲームのプレイが長時間に及んだときにはパパから「おせっかいかもしれないがちょっと休憩してはどうだ?」と電話がかかってくる。

一方、主人公の母親はいつも家で「おかえり、なにもいわなくていいのよ」と言って主人公の大好物を作って温かく迎えてくれる。しかも大好物はゲーム開始時にプレイヤーが主人公らの名前とともに名付けることができる。

そのため、ふざけた名前をつけるととんでもないものを食べさせられることになる。それはそれで面白いが。

これらの演出によりプレイヤーは遠くから主人公のことを心配し見守る父と家で大きな愛を持って子供を待つ母を感じることができる。

僕自身この演出に主人公と自分を重ね合わせて、家族ならではのほっとする感覚を覚えたことを記憶している。セーブをするとなんとなく温かい感覚が沸き起こった、必要がないのに主人公の家に帰っていた、そんな方も多いのではないだろうか。

ここまでで、本作は親と子供との関係を描くというゲーム史上稀な等身大の温かいテーマで作られたこと、それを見事に演出する絶妙なセリフや仕掛けがあることが分かっていただけたらと思う。

 

では、ファザコン、マザコンゲーなのかと言えば、そうではない。

僕が本作から見出したメッセージ性を挙げると、親の愛の他に、勇気、かけがえのない仲間、思いやり、人とのつながり、人を外面ではなく内面で見るなどがある。そのようなメッセージを得られたのは、プレイする子供達に大切なものを伝えたいという作者の思いがあったからだと推測する。

きっと親子のつながりだけでなく、RPGという冒険を通して成長して欲しいという親心があったのではないだろうか。

僕がそう考える理由は先に述べたテーマに加えて、作中に登場するテキストメッセージをスクロールして見せる独特の演出があることだ。

分かりづらい方はスター・ウォーズのオープニングを想像してもらえると良いかもしれない。作中「コーヒー」、「お茶」を一服すると突然画面が切り替わり文字が流れ始めるという唐突な演出に、当時子供だった僕は面食らった思い出がある。

この演出は主人公に向けて発信されるが、プレイヤーに壮大な冒険を想像させ、大切なことを伝える効果がある。そして彼らを勇気づけ励ますのだ。

あえてキャラクターのセリフではなく作者からのテキストメッセージにしたところに、どうしても伝えたいという思いと、プレイヤーを励ましたいという糸井氏の愛を感じる。

これを読んで、本作はメッセージ性がくどいゲームなのかと思った方もいるかもしれないが、むしろ解釈をプレイヤーに放り投げるスタンスをとっている(糸井氏談)。

その例として、ドラクエなどでお馴染みである主人公が喋らないことはもちろん、仲間も仲間になったときとエンディングぐらいしか喋らないことが挙げられる。

起こった事柄について、仲間がとやかく感想を言ったり、解釈を促したりしない。その他のキャラクターのセリフが参考になることもあるが、何が正しいと考えるかはプレイヤーに任されているのである。

このことが、本作の随所に見られる解釈に悩むイベント、ステージ、ラストの演出の意味合いを想像する楽しみを与えてくれ、本作プレイヤーの醍醐味の一つになっている。

 

次の特別感の要因として、個性豊かなキャラクターとセリフがあるが、考察する上で重要な三つの要素について触れておく。

第一の要素として糸井氏がフィクションの設定が的確だった事実を抑えておきたい。それは、現代に生きる子供との関係を表すために現代の町という舞台を用いたことだ。

本作の設定は199X年、アメリカ風の田舎町が始まりの舞台だ。糸井氏は、RPGにありがちな「剣と魔法で世界を救う」という伝統的な世界にゲーム制作の動機を見いだせず、描きたい世界、作りたいものが先にあって、それを表すためにRPGという仕組みを使うべきだと思ったと述べている。

剣と魔法の世界ありきで表現したいものを考えるのは本末転倒なのである。まさに設定が適切であり、メッセージが正しくプレイヤーに伝わったことは前述の説明で分かっていただけると思う。補足として、現代の町を舞台にしているが、主人公達は超能力を使えることや、架空の生き物、世界が登場するなど現実に忠実というわけではない。

 

第二の要素としてクリエイター陣がプレイヤーの感情を揺さぶることに徹底的にこだわって作ったということがある。本作はプレイヤーを楽しませる、驚かせる、泣かせる、ほっこりさせる、不安にさせるなどの心を刺激する遊びや仕掛けがふんだんに盛り込まれている。

そして、特に重要なことはクリエイターが生の感覚を大切にしたということである。生の感覚とは現実で味わったことのあるような、リアルな感覚ということだ。このことが、本作の世界観、キャラクター、セリフ、演出、音楽、システムすべてにおいてMOTHER2らしさとして現れる鍵だ。

 

第三の要素として子供目線で作られていることが挙げられる。本作の主人公は12歳であり、子供のプレイヤーが感情移入しやすく主人公に自分を投影して冒険することができる。

私自身の小学生時代プレイした記憶を思い起こしてみると、主人公に自分の名前を付け、主人公の体験を自分のものとして感じ、そこで味わう感情を自分の感情として捉えていたことを覚えている。また、本作は童心をくすぐる仕掛けにこだわっている。

主人公の武器は野球のバットであり、敵は恩知らずな犬から、不審者、暴走車、女性が見たら悲鳴をあげそうなものまで身近なものを題材にしたあらゆるものが登場する。そして、夢の大冒険を演出するために、自転車やバスはもちろん船に潜水艦、UMA からUFOまでいろいろな乗り物に乗ることができ、世界中を旅する。

個人的に最も秀逸だと思うのは、地底大陸のフィールドの演出である。二次元鳥瞰型のマップで主人公たちを豆粒サイズの縮尺にすることでモンスターのサイズをバカでかく感じさせる演出は楽しいだけでなく発想に舌を巻く。

ひたすら温泉に吹き上げられていたのは良い思い出だ。この仕掛けの数々に子供は自分自身の旅を想像しながら、大人は過去の自分を思い出しながら、あるいは自分の子供を重ねながらMOTHER2の世界に引き込まれるに違いない。

 

三つの要素を確認したところで本題に戻る。個性豊かなキャラクターとセリフを、お気に入りのシーンを参考に紹介したい。

それは主人公を導くヒーローが友人のママに一撃で殺られるシーンである。まず、ヒーローはハエかカブトムシかよくわからない表現をされてはいるが、主人公を襲いに来た宇宙人を圧倒的な力の差で倒す、がしかしママに「キイイー!こうるさい便所バエだよ!死んで地獄へ行け!!」とはたき落とされ絶命してしまう。

このヒーローがハエかカブトムシかよくわからない感じは現代社会を舞台にしているからこそである。実際どんな姿をしているかは不明だが、ハエやカブトムシと表現されておりプレイヤーはハエとカブトムシを想像しその百歩間違ってもヒーローにならなさそうな小ささ、虫っぽさ、ちょっと不潔な感じを鮮明に思い浮かべることができる。

これこそが生の感じでありその違和感が面白く魅力的なのだ。しかしこれがファンタジーの世界が舞台なら、ハエやカブトムシとは表現できず、虫と表現してしまえばイメージが貧弱だし、そもそもファンタジーの世界だからそういうものなのかと納得してしまうかもしれない。

次に友人のママに関して言えば、このセリフの字面だけで笑えてくるのだが、この「ママが便所バエを見つけた感じ」は現代社会ならではだ。

ハエはママを脅かす天敵であり、ママは便所バエを見つけると殺さなければならないという使命感に駆られてしまう。プレイヤーはこのママの内に湧き上がる感情と光景を想像でき、いきなり頼もしかったヒーローがママに殺られる衝撃と理不尽に殺されてしまったこと対するショックを受けつつも、便所バエに見えたのなら仕方ないと社会の摂理を感じてしまうのだ。

これらの生きた感覚があるからこそクリエイターの遊び心が光るこの一幕にプレイヤーは絶大な衝撃と面白さを感じるのである。

そして虫やママといった子供の世界にお馴染みの題材を用いることで子供でも直感的に理解できる。人の心を揺さぶるには、感情移入する対象や出来事が自分と同じ価値観、背景を持っているかが重要だ。

本作で擬人化したサルやネズミに感情移入できるのに対し、少なくとも同じ倫理観をもっていなさそうな宇宙人に感情移入できないのはそのためだ。

それを最適なフィクションの設定と追求方法で作り込んだ本作が面白いのは必然だろう。ついでに補足しておくと、このあとママに話しかけてもこの出来事についてまったく触れない。これが、解釈をプレイヤーに放り投げるという本作の見事な余韻である。

 

ここまで子供に向けたテーマや子供目線を取り上げてきたことから、子供向けのゲームという印象を受けたのではないだろうか。

実際、子供の頃にMOTHERというタイトルや可愛らしいキャラクターデザインから子供っぽさを感じ友達に紹介するのが恥ずかしいと思っていた記憶がある。

しかし、子供目線であることと幼稚であることは違う。本作のキャッチコピーである「大人も子供もおねーさんも」は伊達じゃなかったということを大人まで楽しめる登場キャラクターやセリフを取り上げて説明したい。

まず、町にいるなんでもないキャラクターひとりひとりに個性を持たせてセリフが作り込まれており、人に話しかける楽しさが本作の魅力だ。

主人公を子供だと思って見下しているサラリーマンや、同性愛者の子供、無口な人、みすぼらしい人、才能を秘めた社会的弱者など、本当にこんな人いるよねと思う瞬間がある。

僕が印象深いのは、道に通りかかると世界を汚れないものにするためにという理由で寄付を求めてくる女性だ。寄付に応じると絵はがき(使い道のないアイテム)を渡してきて「幸せになりますよ」と言われ、断ると「付きまとってやるぞ」と脅してくる。

これは子供ながらに恐怖を覚えたが、大人になり多くの人が味わう宗教勧誘の不気味さと人間の怖さを見事に表現している。

余談だが当時自分は宗教活動という認識がなく寄付しまくっていたが、兄に忠告されて気づいたということがあった。また、都会のビルに「立派なオフィスで働く私はエリートです。」という男性がいるのだが、この冗談の憎らしさと痛さは大人にならないと分からないだろう。

この現実を絶妙に切り取った生の感じは本作ならではの面白さだ。本作は、社会における子供の弱さや、人の多様性をありのままに描いている(糸井氏談)。そうして世の中の怖さや矛盾などを生の体験として受け取り、考えることができる。

 

さらに、本作はキャラクターの幅も広いけど奥も深いと感じさせる例として、RPGでよくある「いいえ」と返答した場合、お金が足りなかった場合、アイテムがいっぱいだった場合、仲間がいないの場合のセリフなどまで用意されていることがある。

そのことをなんと町のおばあさんが説明してくれる。

「うちの孫は『マザー2』っていうゲームをやってるんだけど 今(主人公)がツーソンの町のただのばあさんに話し掛けてるところさ。あんまり重要じゃないセリフも細かくフォローしているところがあのゲームのいいところらしいねぇ。」

このメタ発言自体がまず面白いが、マザー2をやっていると言うキャラクターが作中に結構登場し、作者が自分で自分のゲームを宣伝するガツガツ感が笑いを誘う。

そしてビデオゲームをする人物がいてもなんらおかしくないところに現代という舞台設定が活きている。ウィットに富んだキャラクターやセリフの面白さは大人になってから分かることが多かった。これらのことから、世の中が分かってくると本作をより深く味わうことができるのではないだろうか。

 

ここまで、本作の特別感をメッセージやセリフを中心に考察してきたが、音楽や戦闘システムのクオリティの高さも触れずにはいられない。

本作は名曲が多いことで有名であるが、ゲーム音楽と言えばクラシック風という既存の慣習にとらわれない幅の広い音楽性が魅力だ。本作が最も好きなゲームであるだけでなく、最も好きなゲーム音楽は何かと聞かれたら、MOTHERの曲と答えるだろう。

ここでは、曲についての批評ではなく、本作の特異な点という意味で効果音の秀逸さについて述べる。

曲が好きなゲームはあっても、効果音が好きだというゲームはなかなか無いのではないか。本作は音で感情を刺激することにこだわりが感じられる。

まずはなんと言っても、冒険の始まりの名前入力で決定すると「OKですか?」と聞いてくる衝撃は忘れられない。これからの始まるMOTHER2のプレイに胸が高鳴った記憶がある。ちなみに声は糸井氏のものである。

メニューを開閉する音、選択する音、ドアを開ける音などどれも他のゲームとは異質で癖になる。特に本作の戦闘では効果音が感情の機微を刺激する大きな役割を果たす。

SMAAAASH!!の文字が浮かびクリティカルヒットを与えたときの音が手応えを感じさせ、致命的な一撃を受けたときの音が緊張感を一気に高める。

レベルアップの効果音の透明感と新しい技を覚えたときの華やかな音は心地良い。

これらは普通なことに感じるが本作ほど魅力的な作品はあまりない。重要なセリフを聞いたときに流れる音の不気味さはなんとも言えない怖さを演出し、当時はトラウマだった。

個人的にはバンッと言うメニューの開閉音がとにかく大胆で好きだ。以上、感想の羅列になってしまったが、本作の楽しさの重要な要素であることが伝われば何よりだ。

 

そして、RPGと言えば戦闘は欠かせない、本作はシンボルエンカウントおよびドラムカウンター形式と呼ばれる一風変わった戦闘システムとなっている。

これが、ゲームに慣れない人でも難しすぎず、かと言って簡単すぎない絶妙なゲームバランスを生み出した重要な点である。わざわざこのことを取り上げるのは、前作のMOTHERは難易度が高く、敷居が高いと言われていた背景があるからだ。

前作は当時のRPGで一般的だったランダムエンカウント方式およびコマンド選択式ターン制バトルだった。

前作はエンカウント率が高く、戦ったら負けと言うほどの強敵が所々にいるシビアな難易度であり冒険序盤で挫折した人も多かったと思う。キャッチコピーである「大人も子供もおねーさんも」遊べる難易度にするために、戦闘システムの変更が最大の課題であっただろう。

本作の戦闘システムの二つの特徴のうち、まずシンボルエンカウントについては、敵が画面上に見えるので強敵との戦いを避けることができるというメリットがある。

さらにこのシステムを面白くしたのが、接触方向によって先行後攻が決まるという点だ。敵の背後をうまく取れば有利に戦うことができ、反対に逃げていると背後をとられて不利な状態から戦闘が始まる。後ろから迫る敵に追い詰められ、観念したときに覚悟を決めて振り返る一瞬の悔しさは本作の風情である。

そして、ドラムカウンター形式については、基本的にはコマンド選択式ターン制バトルであるが、ダメージを受けたとき、回復したときに、一瞬でHP(ヒットポイント)が変わるのではなく、スロットのように数字が徐々に増減していく方式だ。

これにより、HPが0以下になるような致命的な攻撃を受けてもすぐには戦闘不能にならず、減少中に素早くコマンドを選択し回復が間に合えば戦闘不能を免れることができる。

逆に、回復も時間がかかるので、コマンド選択画面で回復しきるのを待つという戦略性が生まれる。ターン制バトルでありながらアクティブタイムバトルのようにコマンド操作中も戦闘時間としての性質を持たせることでプレイヤーの緊張感が持続する。

さらにHPを超えるような大ダメージを許容できることにより、ボス戦などでは常に瀕死と回復を行ったり来たりするギリギリの戦いが可能になり、スリリングな戦闘を楽しむことができる。

 

最後に、本作は子供との関係という身近で切実なものをテーマにしゲームという媒体を通してプレイヤーにメッセージを伝えるために表現に徹底してこだわって作られたという点で芸術的である。

この芸術作品を最大限に楽しむためには、課題をクリアし、レベルを上げてボスを倒すというクリアすることを重視したプレイから、クリエイターがプレイヤーの感情を揺さぶるために用意した遊びや仕掛けを積極的に見つけ、何を伝えたいのか、なぜそうしたのかを考えることを楽しむ作り手とのコミュニケーションを重視したプレイが大切なのではないだろうか。

あとがき

10作品目の当選

ゲーム批評祭で僕の作品が掲載されたのは11作品中10作品目であり、それまでに掲載されたゲームの魅力を巧みに表現した見事な作品の数々にすっかり肩を落としていました。

「この企画が終わったら落選作品として潔くブログに掲載しろ」と自分に何度も言い聞かせていたそんな日の当選発表であり、僕のゲーム人生で最も胸が踊った瞬間です。とりあえずLINEで発狂していました。

ここでは、僕の思いを正直に打ち明けたいと思います。

まず最初に、批評するソフトに「MOTHER2」を選んだ理由ですが、冒頭に書いた通り本作が最も好きなソフトだからです。

しかし、大きな不安がありました。

ひとつには本作が既に批評しつくされており、MOTHER2というタイトルを見ただけで気落ちされるのではないだろうかというもの。

また、本作の面白さがどこからくるのか正体をつかめていなかったこともあり、やっぱり違うソフトにしようかなどと弱気になったときもありました。

それでも僕がこの批評を書くことができた要因は、本作が多くの人に愛されているからという点が非常に大きいと考えています。それは抽象的な話ではなく、実際に資料の多さとして現れています。

僕ひとりの知識では到底批評を書くことはできなかったでしょう。

卓越した知識も理解もなかった

拙著に対して、J1N1さんから「どんな些細なセリフも諳んじられるのではないか」と過分な評価を頂きましたが、正直身が縮む思いでした。

実を言うと、僕はお気に入りのシーンとして取り上げた友人のママのセリフすら記憶違いをしていた残念野郎です。「便所バエ」を「便所バチ」と間違って覚えていました。
ちなみに本当にどちらの虫もいます。

これはもしMOTHERクイズ選手権というものがあるなら1問目に脱落するほどの大失態、地区予選敗退です。

僕の批評で、キャラクターのセリフをいくつか引用していますが、セリフは「Mother’s Club」という作中の全セリフを収録したサイトを参考にさせて頂きました。

余談ですが、全セリフを数時間読み耽ってもまったく飽きが来ず、ついには感極まったことにおいては、本作のキャラクター、セリフの素晴らしさが紛れもないものだと確信に至りました。

そして、何にも増してインタビュー記事がネット上に豊富にあったことが、僕の批評を成功させてくれた最大の要因です。

糸井氏の運営するブログ「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載されている糸井氏への全8回に渡るMOTHER1、2についての充実した取材記事、本作の音楽制作を務めた鬼才鈴木慶一氏と田中宏和氏への取材記事。

2013年の任天堂の前社長でありMOTHER2のプログラムを手がけた岩田聡氏と糸井氏のMOTHER2ふっかつ対談

クリエイター陣の意見を伺える貴重な資料が簡単に読めるというのは、本作の真髄を探る上で多大な助けとなり、事実拙著の要所要所で引用させて頂きました。もはやこれさえ読めば、僕の批評など要らないと思えてくるほどです。

拙著がクリエイター陣の意見をモロに受けた詐欺批評だと言われるのなら一切否定はしません。ただし、僕がはなからネット上の資料をかき集めて執筆したわけではないことは断っておきたいと思います。

批評を書くにあたり、人の批評を見ないようにし自分自信の言葉で本作を定義しようと努めました。執筆の際活用した技術はいずれ書くかもしれません。

企画に参加を決めたとき、手元に残るMOTHERグッズと言えば久美沙織著の小説版「MOTHER」しかなかった僕は、思い切ってMOTHER2のバーチャルコンソールとNEWニンテンドー3DSを購入したものの期間内にクリアすることはとても出来ないと判断し、結局一切プレイせず自分の思い出を頼りにしました。

けれど、きっと本作の分析において、少年時代に愛読していたファイティングスタジオ「マザー2 ギーグの逆襲必勝攻略法」、月刊ファミコン通信編集部「マザー2 ひみつのたからばこ」の知識(”ウィットに富む”という言葉は本書で覚えた)がゲーム全体を通しての理解と魅力的なポイントの発見に役立ったことは間違いないでしょう。

また、ちょうどティーン・エイジ(13-19)の頃はMOTHERのファンサイトを巡回しては、ファンの深い考察に目が開かれる思いをしながら文字通り目を充血させ読んでいました。

だからこそ今回の批評はマザーが好きな多くの人の言葉から生まれたものだと考えています。

そう考えると、作品の批評というものは、過去の批評を読んだ人がさらに批評を行うことで豊かなものになっていくのではないでしょうか。なので、僕の批評を読んで、MOTHER2の批評を書きたいと思った方は、どんどん断り無く僕の考えを使ってもらえたらと思います。

MOTHER2は本当に面白いのか?

不安の要素として書いたとおり、MOTHER2の面白さがどこからくるのか分からずにいた僕は、今まで本作を唯一無二のソフトであると思いながらも、ただの懐古厨なのではないかという思いが心のどこかにありました。

そのため、そう作ろうと意図したわけでなく批評中に自分の懐疑との対話が含まれています。

本作の面白さはメッセージ、キャラクター、セリフというのは本当か?

メッセージ性、キャラクター、セリフが良いゲームは数多くあるが、本作はそれらと比べて何か特別と言えるのか?

メッセージ性を突き詰めると結局、ファザコン、マザコンゲーでしかないのではないか?

本作は子供向けの幼稚なゲームなのではないか?

糸井氏なら「いや、マザコンゲーだよ」と言うかも知れませんが、拙著では否定させて頂きました。

今回批評を書くことで、本作の特別感をもたらしてくれる要素とそのワケに気づき、長い間心に引っかかっていたものをようやく取り除くことができました。文章という形にすることによって、自分の中で曖昧だった本作の良さをはっきりと認識することができたのは得難い経験だったと言う他ありません。

未プレイの方へ

執筆する上で、本作の面白さを明らかにすることの他に、もうひとつ心がけたことがありました。

それは本作をプレイしたことのない人が批評を読んで、やってみたいと思ったときのためにネタバレにならないようストーリーには触れていません。

もちろん未プレイの方が理解しやすいようにという理由もありますが、固有名詞をなるべく用いず、本作の醍醐味であるイベント、ステージ、ラストの演出の部分には踏み込まないようにしました。

正直、そういったものも入れようか非常に迷いましたが、結果的に書かなくて良かったと思っています。

ですので!もし気になった方は心のやりたいゲームリストにMOTHER2(できれば1も3も)を加えていただければ嬉しいです。

MOTHERの企画に参加する第一線のファンをネットで見ていただけの僕も胸を張って『MOTHERファン』と言えるようになった気がします。

最後にこのような素晴らしい機会を与えてくれたJ1N1さんをはじめ、読んでくださった皆さんに感謝致します。